小春だより ”てと”逝く(長文)
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平成17年1月11日生まれの柴犬小春は、徳島から奈良県の私のもとへやってきてくれました。その成長をおっかけようと思います。柴犬好きな方、動物好きな方集まれーー♪

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”てと”逝く(長文)
IMG_3810.jpg

今日の未明、実家の愛犬”てと”が亡くなりました。
享年14歳。両目ともに、白内障で、耳も遠くなり、いつ逝ってもおかしくないくらい年老いていました。
冥福を祈り、今日は、”てと”のことを書きたいと思います。

てとは、私が社会人になってしばらくしてうちの家にやってきました。豆柴犬で、登録名は富姫号。性格は明るく、おとなしく従順。その当時マイブームだった、風の谷のナウシカの”てと”から名前をとり名づけました。
とても人懐っこかったので、誰からにも愛されました。小さい子から大人まで、「こんな子やったら欲しいわあ」とよく言われたもんです。
”てと”と一緒によく山の辺の道(奈良の古道)にバイクででかけました。(てとは、原付のステップに)観光客の人気者になっていたっけ。そう言えば、カメラマンらしき人が「写真撮らせてください」って”てと”と一緒の写真を送ってくれたこともありました。
私は、仕事で五年ほど、他県に行っていたことがありました。私のことを忘れてるんじゃないかと心配しましたが、家に帰ったとき、しっぽを振って出迎えてくれました。
すごく嬉しかったのを覚えています。

結婚後は、ペットの飼えない場所に引っ越していたことと、仕事で離れてる間に、世話をしてくれていた両親の子供のような存在になっていたこともあり、実家で飼うことになりました。

まだ、白内障にもなってない頃は、それこそ父の子分で、焼き鳥屋さんに連れて行ってもらっては、お客さんにかわいがられ、山にたけのこ堀りに行くときはいつも”てと”も一緒。
どこにいくのでも、ずーーーーっと父と一緒でした。
「さあ、てと行くぞ!」と父が声をかけると、尻尾ふりふりでついていっていました。
でも、年老いてきてからは、山に登る元気がなくなり、父とでかけられなくなりました。

普段家にいる時は、母が世話をしていました。
目が見えなくなり、耳が遠くなった時は、いろんなところにぶつかりながら水を飲みに行ったり、ご飯を食べたりしていました。家の中は、感覚で場所が分かっているようでした。
”てと”は、何かしてほしいことがあると、「わん」と合図します。ベランダから家にはいりたい時も、家からベランダに行きたい時も合図します。たまに、自分の行きたいところにいけなくて怒っていました。きっと、もどかしかったんでしょうね。
亡くなる数日は、動けなくなっていました。ですが、やってほしいことがある時は、ちゃんと合図していました。
その度に、母がお水を飲ませてあげたり、ご飯を(食べませんが)口にはこんだり、おむつをかえてあげたり、きれいに拭いてあげたりしていました。おむつの時は気持ちよさそうな顔をしていたそうです。
最後の約二週間は、食べ物をほとんど食べなくなり、水だけを飲んでいました。水には、病気の犬に飲ますといい栄養剤をいれましたが、最後には、もう、のどに通らなくなっていました。
そして、今日、未明、一声「ぉん・・・」と鳴いて亡くなりました。それが最後の合図になりました。

そのことを母親から電話がかかってきたのが、亡くなった直後の未明だったのですが、私は不思議なことに電話がかかってくる前に、夢うつつでしたが、何か気配を感じて目を開いてるんです。「なんだろう?」と思ってそのまま寝た後に電話。
きっと、何にでも合図をする”てと”だから、私のところにも会いに来てくれたんだと思います。

てとにとっては最後になったけど、一緒に吉野川にいけてよかった。息を引き取る前に会いにいけてよかった。
二日前に行った時、数日水以外飲まなかったのに、肉を少しだけ食べてくれました。最後の元気をふりしぼってくれたんだと思います。ありがとう”てと”

約14年。長生きしてくれたほうだと思います。
息を引き取るときは、安らかに逝ったそうです。
14年間生きてくれてありがとう。笑顔をふりまいてくれてありがとう。
あなたとの生活はとても楽しかった。実家で会うのが楽しみだったよ。
やすらかに眠ってください・・・・・。
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Comment

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ワンコの『てと』ちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
GWの吉野川の河原の記事、写真、目を細めて見てました。つい昨日のことのように思えて本当に驚いてます。 目と耳が不自由ながらよく頑張りましたね。最後にご家族でお出かけできて、本当に良かったですね。 今頃は虹の橋のたもとで元気を取り戻して、美味しいご飯を食べてることでしょう。
お母様もしばらくは寂しいでしょうけど、小春ちゃん、癒してあげてね!
まーく40 | URL | 2006/06/04/Sun 12:18[EDIT]
14年間の間に色んな想い出をくれたでしょう
きっと『ありがとう』って言ったんでしょうね
分かり切ってるけど、愛する家族がいなくなるのは寂しい物です。あたしもそれはイヤって言うほど身にしみて解ります。落ち込んでいるときに側にいてくれる、何にもするって事ナイのにね、色んな事を『てとちゃん』から教わった事と思います。あたしはいつも逝ってしまった
子達との想い出はあたし自身の財産と思っています。  『てとちゃんのご冥福をお祈りします』   柴犬翔太の家族一同☆
翔太の家族☆ | URL | 2006/06/04/Sun 12:49[EDIT]
まーく40さん
励ましのメールありがとうございます。
いつもいるはずだった家族がいなくなるっていうのは、本当にさびしいです。
でも、最後は安らかになくなっていったので、きっと、天国にいってくれるものと信じてます。
しばらくは、思い出しちゃいますが、小春がいるのでさみしさを癒してくれます。
私は大丈夫!!

翔太の家族の皆さんへ
本当に、そう思います。”てと”の思い出は私の宝物になると思います。
家族の和の中にはいつも”てと”がいました。誰からも愛されたかわいいワンコでした。一生懸命最後まで生きた”てと”に感謝です。
励ましのメールありがとうございます。
てとさん | URL | 2006/06/05/Mon 09:59[EDIT]
てとちゃん、きっと幸せな犬生だったと思います。
てとさんさん、お父さんお母さんたくさんの皆さんに愛されてきっと幸せだったですよ。。。
だからこそ「ありがとう!」って言いにきてくれたんだと思うな・・・
言葉が見つからないけど、元気出してね。
でも、無理しないでね。。。
いっぱい思い出して時には泣いて。。。
それも供養になると思うのです。
そして元気になったらきっとてとちゃんも安心してくれますよー。
ちゃん吉 | URL | 2006/06/05/Mon 11:51[EDIT]
ちゃん吉さん。ありがとうございます。
自分の心の整理に日記に書いたんですが、読むとやっぱり自然にぼろぼろと涙が出てきますね。小春の写真と一緒に”てと”の写真を飾っていたのですが、直視できないです。
やすらかに眠っていったことが私にとってなぐさめです。小春がいるので大丈夫。時間が癒してくれると思います。
てとさん | URL | 2006/06/05/Mon 14:13[EDIT]
14年間,長いようで短いようで,でも,ほんと,幸せな毎日を送っていたのでしょうね。
ご実家のご両親も寂しい思いをされていることでしょう。ワンコやニャンコの方が先とわかってはいても,やっぱり辛いよね。でも,てとさんが悲しむとてとちゃんが心配して虹の橋を渡れなくなっちゃうよ。
元気出せ!!

てとちゃんのご冥福をお祈り申し上げます。
ももんが | URL | 2006/06/05/Mon 22:02[EDIT]
『てとさん』てとさんのハンドルネームになるほど愛されてたてとちゃん。
すごく愛して愛されて幸せな犬生だったんだなぁとすごく感じました。
てとさん、つらいと思います。
つらいときは思いっきり泣いて、てとちゃんのこと、思い出してあげてください。
小春ちゃんが癒してくれると思います。
心より てとちゃんのご冥福をお祈り申し上げます。
ゆみを | URL | 2006/06/05/Mon 22:08[EDIT]
ももんがさんへ
励ましのメールありがとうございます。
もう、そろそろだなぁと感じてはいましたが、いざ亡くなるとやっぱり駄目ですねぇ。
すごく従順で優しいワンコでした。
写真を見ると悲しくなるのでわざと見ないようにしています。そうですね。元気ださないと!!

ゆみをさんへ
励ましのメールありがとうございます。
”てと”は私が名づけたんです。小さい頃一緒に寝ていつのまにか寝返りをうった私の下敷きになって鳴いてるところを母が救出してたそうです。思い出はいくらでもでてきますね。泣くだけ泣いたらきっと元気がでてきます。ティッシュでごみ箱が一杯になっちゃった。もう大丈夫!

てとさん | URL | 2006/06/06/Tue 07:53[EDIT]
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